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九州旅行  2010.01.17(日)〜20(水)




大分別府に夕方着

九州は、出張が多かった場所なので十数回目になる。ほとんどは行き先が博多で、その8割は日帰りだ。今回は観光旅行として3度目だが、時おり出張中に観光をしたこともある。
別府から新日鉄大分製鉄所を望む。この製鉄所へは約20年前に出張で入った。

建物や屋内の什器などは、赤サビ色だったなあ。
このとき、関サバや、初めて生き造りのイカを食べた。



翌日、阿蘇経由で熊本へ移動


山には雪があった。



阿蘇までの移動途中に道路工事中の箇所が多くあった。ほとんどが交通量の少ない一般国道の小型パワーシャベル一台だけの工事現場だったが、交通整理を行う人20人近くいた。

国と地方の、雇用対策なんだろうが、情けなさと、必死さも見えた。


真正面の連山が阿蘇山の中央火口。一番左側の一つだけ孤立しているように見えるのが活動中の噴火口がある中岳。  そこまでの平地は阿蘇山のカルデラ。この写真を撮っている場所は、阿蘇の外輪山。
阿蘇山は5、6年前に行ったフィリピン マニラ近郊にあるタール山の何十倍もの規模なのだ。
2010.01.18
(月)



阿蘇山の中岳火口  2010.01.18(月)
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度目の観光だが20年ぶりだ。記憶より小さい火口だった。
10
数年前に見た富士山の火口のほうが大きいためか‥。
しかし、荒々しく自然の大きさを感じさせ、行って良かったと思わせる場所だ。素晴らしい。そして寒かった。
火口を見物できるのは、幅約80メートルのこの大展望台と、対岸の展望台の2箇所のみ。
その他は立ち入り禁止地区となっている。火口から上がる白い煙は水蒸気、青い煙は火山ガス。


拡大


100
人程度いた観光客の90%は韓国人だ。
韓国人観光客は、ニコンやキャノンの最新一眼レフカメラを持っている人が多かった。
英語で係員へ質問している20代前半の韓国人女性がいた。
韓国語と日本語は似ているので、韓国人の英語は、ジャパニーズ・イングリッシュと似た発音になるはずだが、ネイティブのようだった。係員が「YES」と答えたら、質問者の同グループで後横の若い女性が、これまた上手い英語で止まっていたバスの発車時刻を聞いた。
係員は答えられなかったので、私が片言英語で教えた。

今回に限らず海外で会った韓国人にも、英語が上手い若者が多い。
韓国の英語教育は成功しているようだ。
私は「英語を書いたり読んだりなら少し出来るが、外国人は私の英語を聞き取れない」という、情けない英語力だ。ベトナム観光時には英語のガイドと筆談で話さなければならなかった。自分で努力をしていないせいもあるが、韓国の若者が話す英語を聞くと、私が受けた日本の英語教育は、貧弱で失敗だったと、思い知る。

日本が失敗しているのは、英語を「書き言葉、読み言葉」として教えていて、「話したり、聞いたりする言語」として、教えていないからだ。

文字を持っていなかった奈良時代や初期の平安時代は「話し・聞く言語」は日本語であり、「書き・読む言語」は漢文(中国語)であった。「書き・読む」だけの漢文は、今に至るまで続いており、現代の高校で習う漢文は「読む」言葉だ。
日本の英語教育は、奈良時代からの漢文学習法を真似て、行われてきたと推察する。また、中国や台湾で、漢字を日本の音読み発音でしゃべっても、全く通じないのと、日本人の英語は似ていると思う。そして、高校の漢文の時間は、中国語での数字や挨拶、発音を教えたほうが、良い。

そういえば、最近の中国人の若者も英語がうまい。



夕方に熊本着。


翌日、熊本・長崎観光

熊本城  2010.01.19(火)10時。ここも素晴らしい。表面は黒い板張りだが、コンクリート構造。
石垣は昔からのもの。



ここも3度目。そして阿蘇と同じく、城内に100人程度いた観光客の95%が韓国人。
城内係員は「午前中は特に韓国人が多いんだ。彼らの決済は現金だし韓国様、様だよ」と言った。

ここを作った加藤清正は、朝鮮出兵で朝鮮半島を越え満州まで攻め込んだときの大将だ。
場内の清正銅像は、大勢の韓国人観光客から写真を撮られていた。
韓国から見ると侵略軍の清正を、追い払ったという歴史なのかもしれないし、あと7〜8年で日本の一人当たりGDPを抜く勢いをもつ最近の韓国の経済成長から、韓国人が対日本へ自信を持ったため鷹揚になったせいかもしれないとも思った。日本の歴史だと満州や平城あたりで、明と朝鮮の軍勢と戦っていたが、秀吉が死んだので日本に戻ってきたということになっている。

ちなみに、私は浦賀にあるペリー記念館に入ろうと思わないし、ましてやペリー上陸記念碑の写真を撮ろうと思わない。他の人も同じ考えらしく、ときどき近くを通るのだが、いつもそこには誰もいない。


天主閣からの景色

野田市の運河駅近くに、ある宗教団体がお城形をした「天使閣」という建物を持っている(今もあるかは、知らない)。
25年前に、見物しようと境内へ入ろうとしたら、無関係な人間と見破られ、入口で係員に止められたことを思い出した。右手前に写っているお城(重要文化財:宇土櫓)を白くすれば、その建物に似ているためか。



水前寺公園。 ここは2度目 2010.01.19(火) 11

閑散としていた。園内の観光客は7〜8人だった、その中に韓国人観光客はいなかった。良い部類の観光地だろうが、感じ入るほどではない。


熊本の市電。水前寺公園前にて。

ワンマンカーなので後方ドアーから乗り、前方からの降車時に運賃(150円均一)を支払う。
日本の市電(トラム)は、6年前の都電を除くと、広島以来30年ぶりだ。乗れて良かった。

長崎へ移動


長崎駅  2010.01.19(火)


長崎は、町の真ん中へ海が入り込み、3方以上が山に囲まれた、平地が狭い町だ。
防疫を含め、徳川幕府が「江戸から離れているし、ここなら異人が来てもよかろう」と考えたのが頷ける。




大浦天主堂。入場料300円。  2010.01.19(火)


泊まった全日空ホテルの隣にあった。ここは多分2度目の訪問。こんなところが観光地?

グラバー園。天主堂の隣にある。
武器商人だった坂本龍馬の、武器仕入先がグラバーだったそうである。入場料 600円。2010.01.19(火)

この建物は三菱造船所から長崎市へ寄贈されたという。
市の管理になったためか、利用目的の分からない最近建てられた箱物が園内に多くある。
そのため、お客へ歴史遺跡を見てもらう場所なのか、巨大箱物の中の祭用ちょうちんを見せたいのかが、分からなくなっている。園内に違和感や減滅感を持たせるモダンアートな噴水もあり、そんなことから「来て時間を無駄にした」感を持ってしまう。2度と来たくない場所と思ったが、ここも30年ぶりの2度目。

天主堂を含め韓国人観光客は見なかった。これでは呼べまい。

NHKの大河ドラマで福山雅治主演「龍馬伝」を放送しているので、ブームに乗ろうと園内には、坂本竜馬の実物大写真が、こかしこに置かれていた。写真の脇に置かれている龍馬とグラバーの解説文も同じだ。期待して読んだ内容が2度目、3度目だと「読んで時間を無駄にした」感を持ってしまう。
なお、大河ドラマ「龍馬伝」の、龍馬や他の出演者は、歳をとり過ぎと思う。
龍馬ならば、実際の龍馬は満31歳(数え33歳?)で死んでいるが、福山雅治は現在、満41歳だ。
明治維新は、10代から30代前半までの若者が行った革命だが、ドラマではその辺が隠されており残念だ。

帰宅後、市電ルート図を見ていたら、HSBC(香港上海銀行)記念館が近くにあったらしい。
私は、全ての国内の都市銀は、駄目銀行であるとの評価を持つが、HSBCは素晴らしい銀行と思っている。
今も支店として営業しているわけではなく、また用事があったわけでもないが、この記念館へはなぜか行きたかった。

しかし、このときはここから350メートル離れている有名観光地であるオランダ坂にも行く気が起きず、また夕刻が近いこともあり長崎観光を切り捨て、食事とお酒を飲みに思案橋方面へ出かけた。



翌朝

九州観光の最後に平和公園へ行こうと市電に乗ったが、長崎駅で途中下車し、コーヒーを飲んだり、昨夜飲んだ銘柄の芋焼酎ボトルをお土産に買ったり、食べ忘れていたチャンポンを食していたら、観光時間が無くなった。
まあ、私は平和公園が2度目だから取り立てて行きたい場所ではなかったが‥。


少し早めだが、下写真の左上端に写っている赤っぽいビル内にあるターミナルから長崎空港行き高速バスに乗った。

長崎駅前の市電 2010.01.20(水)

長崎にも市電があった。長崎の路面電車は民営(長崎電気軌道株式会社)なので、厳密には市電ではないらしいが、私は横浜で幼少期を過ごしたので、どうしても市電と呼んでしまう。
運賃120円均一。ワンマンカーなので後方ドアーから乗り、前方からの降車時に支払う。


ルートが違う市電へ乗り継ぎをするときは、乗換駅での降車時に運転手へ申告し、運賃と引換えに「のりつぎ券」をもらう。のりつぎ券は降りるときに料金箱へ入れる。熊本もそうだったが、電車の中に両替機があり1,000円が両替できる。

                      

 
                      


大きさ(5530mm)。白丸穴は糸綴じ用。
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日夜、「思案橋」から「大浦天主堂下」のホテルへ帰る途中に「築町」で乗換をしたときの「のりつぎ券」。
「大浦天主堂下」降車時に120円を支払って確保。
市電路線図(PDF)

市電のポイント切替について
ここ
そういえば、切替ポイントは停留所のすぐ先に作られていた。
そしてポイントのある停留所は、長めだ。

電車は、お客の乗り降りが終わっても「少しお待ちください」との車内放送があり、しばらく停まっていた。
進む方向へポイントが切替わるのを待っていたのだ。

また、電車の行き先により、停留所の前方に停まるか後方なのかが決まっていた。
ポイントを切替える方向を、止まる位置で切替機へ指示していたのだ。

折り返し運転する市電は、上の理由でパンタグラフは車両中央に一つだけ付いているのだろう。

 2010.01.20
(水)午後帰


-
後記-

昔のカステラの方が、もっちり、しっとり感があった気がするので、それを期待し長崎文明堂総本店のカステラを、お土産にした。文明堂のカステラは、昔は文明堂勝どき工場内の売店で買ったりして、良く食べていたものの一つだが、長崎のも味やしっとり感は今の首都圏製品と同じだった。おいしかった。

数年前、外資系のある分野で世界シェアNO1メーカの日本法人(アジア統括)の方が「日本企業の高原価体質は、従業員が英語を避ける為もある」と言っていたのを思い出した。中国での工場設備を、日本の大企業と韓国の大企業とが請負ったことがあり、取り付ける機器(中国側から英文で型名指定)の見積りを、日本企業と韓国企業から、英文で依頼され、英文で回答したとき、日本企業は最初の言い値で購入したが、韓国企業はしつこく値切ってから購入(*)したという。
「その日本の大企業には、今まで同じ製品をもっと安く納めていた。自分達の会社も回答するときにそれをチェックしなかったのが悪いのだが、日本の会社は、同じ価格を要求すると思っていたのに、言ってこなかった。英語がストレスなので、調査や値切るのを面倒がったのだろう」と言っていた。(*:EUに本社がある会社なので、韓国企業は日本とEUへ同時に見積もり依頼をしたが、EU本社では、東京の支社へ見積依頼するよう回答したという。その後東京へ何度も値引き依頼があった)

長崎のチャンポンはリンガーハットの2倍高かったばってん、ぼっくい美味かぁ。ここはさすがに本場たい。

この10年間の国内旅行は、釣りやら同窓会での1泊旅行と出張(旅行ではないが)以外にしたことがない。成る程、国内観光旅行をする日本人は、私と同じくほとんど、いなくなっていたのだ。
誰でも、海外旅行の方がコストパフォーマンスが良いし、楽しいと考える。
自治体による観光策も、グラバー邸に巨大コンクリートの売店・噴水を作るなど、自治体の銭を使いたい気持ちと、観光客の銭が欲しい気持ちだけが表に出ている。観光客の銭を狙うだけではなく、旅行者へ楽しさを与えることも考えなければならないのに、そこは見えない。「自治体に余裕があり、まだ本気の観光振興策を取れないだけ」なのであればよいのだが‥。
国内には富士山へロープウェイを作れないなどの規制も多い。国内観光振興は、このままドン底に落ちてから、世代が2つ替わるまで出来ないだろうという印象を持った。

現在(2010.01)日本は、中国人への観光ビザ発行条件に年収25万元以上という制限をつけている。もうじき、所得制限が廃止されるらしく、そうすると現状100万人/年の日本への中国人観光客が、1000万人/年規模になると期待されている(中国人の海外旅行者は5000万人/年)。そのような時代になっても、日本のイメージを悪くさせないため、中国人観光客にはグラバー園へ行って欲しくない。


出処:財務省貿易統計。



入場券など

九州の観光地は何といっても、大小のものが多く見られる火山群の火口だろう。

次回は、韓国山や高千穂山がある霧島へ行きたい。

表 日本の対米対中輸出
  輸出額(兆円) 前年比伸び率(%) シェア(%)
全体 米国 中国 全体 米国 中国 米国 中国
2008年 81.0 14.2 12.9 △3.5 △15.9 0.9 17.5 16.0
2009年 54.2 8.7 10.2 △33.1 △38.6 △21.0 16.1 18.9
2010年 67.4 10.4 13.1 24.4 18.8 27.8 15.4 19.4

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